父が他界してはや10年、時の流れの早さに戸惑うばかりの昨今である。父は脳神経の臨床医、私は脳神経の研究者と専門分野は異なるものの同じ医学の道を歩むことになったのは、私にとってそれだけ父の存在が大きかったという証であろう。私も数年後には退官を迎える年になり、ようやく学問上のことでは父を越える事が出来たと自負しているものの、心の豊かさなど人間として肝心なところでは、とても彼に及ぶところではない。父の享年となった年齢まで生きることが出来るとすれば、この間に焦らずゆっくり父の域に達したいと願っている。貫誠院釈和遊、実に素晴らしい法名である。平 成 1 8 年 12 月


